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任意のサラー

⑯任意のサラー(礼拝)

                                    

     任意のサラーに潜む英知:

全ての義務的なイバーダ(崇拝行為)において任意の形で行われる同種のものが定められたのは、アッラーのそのしもべに対するご慈悲の表れ以外の何物でもありません。しもべは任意のイバーダによってイーマーン[1]を養い、審判の日には義務のイバーダの不備をそれによって補うことが出来るのです。

そしてサラーにも義務のものと任意のものがあり、サウムにも義務のものと任意のものがあります。同様にハッジにも、サダカ(施し)にも義務のものと任意のものがあるのです。そしてしもべは任意のイバーダによってアッラーに献身し続け、至高のアッラーのご寵愛を勝ち取るのです。

 

     任意のサラーの種類:

 任意のサラーには様々な種類があります:

       タラーウィーフ(ラマダーン月の夜の特別集団礼拝)や雨乞いのサラー、日・月蝕のサラーや2つのイード[2]のサラーのように、集団で行われるもの。

       イスティハーラ(何かの決断や選択をアッラーに仰ぐためのサラー)のように、集団で行わないもの。

       アッ=スナン・アッ=ラワーティブ[3]のように義務のサラーに付随するもの。

       ドゥハーのサラー[4]のように何かに付随していないもの。

       タハッジュド[5]のように時間帯が定められているもの。

       完全に任意のサラーのように、時間帯が特定されてはいないもの。

       タヒイヤト・アル=マスジド[6]ウドゥー[7]後の2ラクアのように、何らかの要因に関連付けられたもの。

       完全に任意のサラーのように、いかなる要因にも関連付けられていないもの。

       2つのイードのサラーや雨乞いのサラー、日・月蝕のサラーやウィトル[8]のようにスンナ[9]において強く推奨されているもの。

       マグリブ(日没直後のサラー)の前に行うサラーのように、スンナにおいて強く推奨されてはいないもの。

 

こうしてしもべがアッラーへの御近づきを望んで行うための任意のサラーが定められ、かつその位階が高められ、罪が洗い流されて報奨が倍増されるところの服従行為が多様化しているのは、アッラーのしもべに対する大いなる恩恵の1つです。アッラーを讃美し、感謝しましょう。

 

1アッ=スナン・アッ=ラワーティブ

 

     アッ=スナン・アッ=ラワーティブとは:義務のサラーの前後に行われる任意のサラーのことです。これには2つのカテゴリーがあります:

1スンナにおいて強く推奨されている12ラクア:

       ズフル(正午過ぎのサラー)前の4ラクア

       ズフル後の2ラクア

       マグリブ後の2ラクア

       イシャー(夜のサラー)後の2ラクア

       ファジュル(夜明け前のサラー)前の2ラクア

     預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の妻の1人であったウンム・ハビーバ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私はアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞きました:“毎日義務ではない任意の12ラクアを礼拝するムスリムのしもべには、アッラーが天国に彼のための家を立てて下さる(あるいは彼のために天国に1軒の家が建つ)。”(ウンム・ハビーバは)言いました:“そしてそれ以後、私はそれを未だに遵守しています。”(ムスリムの伝承[10]

     時には上記のような12ラクアではなく、ズフル前の4ラクアを2ラクアにして、計10ラクアのアッ=スナン・アッ=ラワーティブを行ってもよいでしょう。

イブン・ウマル(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私はアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)と共に、ズフル前に2つのサジダ(つまり2ラクア)とその後に2つのサジダ、またマグリブ後に2つのサジダとイシャー後に2つのサジダ、そして金曜礼拝の後に2つのサジダを行いました。但しマグリブとイシャーと金曜礼拝に関しては、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)と共に彼の自宅で行いました。(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[11]

 2-スンナにおいて強く推奨されてもいなければ、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)自身常に行っていたわけではないもの:

       アスルの前の2ラクア

       マグリブ前の2ラクア

       イシャー前の2ラクア

 またアスル前の4ラクアを遵守するのはスンナです。

 

     完全に任意のサラーに関して:

 完全に任意のサラーは昼夜を問わず行うことが出来ますが、2ラクアずつ区切った形で行います。昼よりも夜の方がよいでしょう。

 

     最も強調されているアッ=スナン・アッ=ラワーティブは?

 アッ=スナン・アッ=ラワーティブで最も強調されているものは、ファジュル前の2ラクアです。ファジュル前の2ラクアは短めに済ませ、1ラクア目にはアル=ファーティハ章の後に「不信仰者たちの章(第109章)」を、2ラクア目には「純正章(第112章)」を読むのがスンナです。

 また時には1ラクア目に-言うのだ、「私たちはアッラーと、私たちに啓示されたものを信じます…,(クルアーン2136)を、そして2ラクア目には-言え、「啓典の民よ、私たちとあなた方の共通の言葉へと立ち返るのだ…」,(クルアーン363)か-そしてイーサー(イエス)は彼らの不信仰を察すると、言った…,(クルアーン352)を読むこともスンナです。

     もし何らかの正当な理由ゆえにこれらのアッ=スナン・アッ=ラワーティブをやり損ねてしまったら、後でやり直すことがスンナです。

     例えばズフルのアザーン後にウドゥーをしてモスクに入り、タヒイヤト・アル=マスジドとウドゥー後の2ラクア、アッ=スナン・アッ=ラワーティブとしてのズフル前の2ラクアの計3つのサラーを意図して2ラクアのサラーを行えば、それら3つのサラーを行ったことになります。

     義務のサラーとアッ=スナン・アッ=ラワーティブの間には、言葉や移動などの何らかの区切りを置くことがスンナです。

     アッ=スナン・アッ=ラワーティブはモスクででも自宅ででも行うことが出来ますが、自宅で行う方がよいでしょう。預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「…人々よ、家でサラーせよ。義務のサラーを除いては、最善のサラーは自宅でするそれなのであるから。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[12]

 

     任意のサラーの形:

1-任意のサラーでは例え起立することが出来たとしても、座位姿勢のまま行うことが出来ます。但し立って行う方がよいことに間違いはありません。

一方義務のサラーにおいては、起立することが出来る者が立ってサラーを行うことはサラーの基幹的要素の1つです。そうすることが出来ない者であれば、起立以外の自分に出来る体勢で行っても問題はありません。

2-起立することが出来るのに座って任意のサラーをすれば、その報奨は半減化されます。もしそうすることに正当な理由がある場合はその限りではなく、立ってするのと同様の報奨を得ます。

また正当な理由ゆえに横になって任意のサラーをする者は立ってするのと同様の報奨を得ますが、正当な理由なしにそうする者は座って行うそれの半分の報奨を得ます。

 

2タハッジュド

 

     タハッジュド(夜に行う任意のサラー)をすることの法的位置づけ:

夜に任意のサラーをすることは:特定の要因に関連付けられてはいない任意のサラーの内の1つで、スンナ・ムアッカダ(義務ではないが非常に推奨された行為)と見なされます。

また崇高なるアッラーとその使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、夜に任意のサラーを行うことをご命じになりました。

 1-至高のアッラーは仰られました:-衣にくるまれた者よ。夜は僅かな時間を除いて、(サラーのために)明かすのだ。夜の半分、あるいはそれよりいくらか少ない位時間を(サラーに費やせ)。あるいはそれよりいくらか多い時間を。そしてクルアーンをゆっくりと詠唱するのだ。,(クルアーン7314

 2-至高のアッラーは仰られました:-そして夜の一部をクルアーンと共に(サラーをしつつ)明かすのだ。それはあなたにとって、義務に付随するものである。間違いなくあなたの主は、あなたを栄誉ある場所に立たせて下さるであろう。,(クルアーン1779

 3-そして崇高なるアッラーは、ムッタクーン(アッラーのお怒りと懲罰を招くような事柄から身を慎む者たち)の特徴の1つを挙げて、こう仰られました:-彼らは夜は少しだけしか眠らず、夜明け前にはアッラーに罪の赦しを乞うていたのだ。,(クルアーン511718

 

     夜に任意のサラーをすることの徳:

夜に任意のサラーをするのは最もよい行いの内の1つで、昼の任意のサラーよりも優れています。というのも夜において至高のアッラーへの真摯さは見栄などに影響されない密かなものとなり、またそこには眠気という困難への忍耐と、偉大かつ荘厳なるアッラーとの交流という歓びがあるからです。

また最良の時間帯は真夜中とされています。

1-至高のアッラーは仰られました:-実に夜は(昼間よりもサラーに)立つのに厳しく、また言葉がより鋭く響くのだ。,(クルアーン736

2-アムル・ブン・アバサ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「しもべが偉大かつ荘厳なるアッラーに最も近づくのは、深夜の夜半も過ぎた折である。それゆえその時間帯に偉大かつ荘厳なるアッラーのズィクル(念唱)に勤しむことが出来るのなら、そうするのだ。太陽が昇る時まで(天使たちは)そのサラーに居合わせ、証言するだろうから…」(アッ=ティルミズィーとアン=ナサーイーの伝承[13] 

3-また預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は「義務のサラーに次ぐ最善のサラーは何でしょうか?」と訊かれ、こうĻ