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8イーマーン

     イーマーンとは:アッラーとその②諸天使、③諸啓典、④諸使徒、⑤来世、そしてそれが良きことであれ悪いことであれ⑥運命を信じることを言います。イーマーンは言葉及び行いを包含します。つまり心と舌でもって言葉にし、心と舌と身体をもって実践されるもので、アッラーに対する服従行為によって増加もすれば、反抗的行為によって減少もします。

     イーマーンの分類:

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)はこう伝えています:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:“イーマーンは70数個、あるいは60数個に分類される。その内最大のものは「 ラー・イラーハ・イッラッラー(アッラー以外に真に崇拝すべきものはない)」の言葉であり、最小のものは道から有害なものを除去することである。そして羞恥心はイーマーンの1部門であるのだ。」(ムスリムの伝承[1] 

     イーマーンの段階:

イーマーンには旨み、甘美さ、そして真実があります:

       イーマーンの旨みとは:預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)が次に示す言葉の中で示しています:「アッラーが主であり、イスラームが宗教であり、ムハンマドが使徒であることに満足する者は、イーマーンの旨みを味わったのだ。」(ムスリムの伝承[2]

       イーマーンの甘美さとは:預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)が次に示す言葉の中で示されています:「(次の)3つ(の特質)を備えた者は、イーマーンの甘美さを得た者である:つまりアッラーとその使徒がその他のいかなるものよりも愛しいこと、そしてアッラーのみのために人を愛すること、またあたかも地獄の業火に投げ込まれることを厭うがごとく、不信仰に戻ることを厭うことである。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[3]

       イーマーンの真実とは:真にイスラームの教えに則っている者、またイスラームのイバーダ(崇拝行為)やダアワ(布教)において努力・奮闘したり、自らの信仰を守るために移住したりイスラームの興隆のための一助を担ったり、あるいはアッラーの道において尽力したり財を施したりする者に授けられるものです。

1-至高のアッラーは仰られました:-ムウミン(イーマーンの徒)とはアッラーが想起されればその心が畏怖の念に襲われ、そして(クルアーンの)節が唱えられればその信仰心が増し、またその主にタワックル(自らの身を完全に委ねること)する者たちのことである。(また彼らは)サラー(礼拝)を行い、われら(アッラーのこと)が糧として恵んだものから施しをする。彼らこそは真のムウミン(イーマーンの徒)である。彼らには主の御元に(高い)位階とお赦し、尽きることのない報償がある。,(クルアーン82-4

2-至高のアッラーは仰られました:-そして信仰し、自らの信仰を守るために移住し、アッラーの道において奮闘した者たち。そして彼らマッカからの移住者たちに住居を提供し、援助した者たち。彼らこそは真のムウミン(イーマーンの徒)である。彼らには(アッラーの)お赦しと尽きることのない報償があるのだ。,(クルアーン874

3-至高のアッラーは仰られました:-ムウミン(イーマーンの徒)というものはアッラーとその使徒を信仰し、その後(その信仰に)疑念を抱くことなく、財と生命をかけてアッラーの道に奮闘する者たちのことである。彼らこそは真に信仰する者たちである。,(クルアーン4915

     またしもべは、現実に起こった出来事が起こるべくして起こり、起こらなかった出来事はそもそも起こる運命にはなかったのだということを知るまでは、真のイーマーンに到達したことにはなりません。

     イーマーンの完全な形:

それはアッラーとその使徒に対する完全な愛です。それによってその者の愛する存在が決定付けられます。つまり心の行いである愛も嫌悪もアッラーゆえであり、身体の行いである施しをすることもそれを控えることもアッラーゆえなのであれば、それはイーマーンの完全な形であり、偉大かつ荘厳なるアッラーへの完璧な愛なのです。

アブー・ウマーマ(彼にアッラーのご満悦あれ)はアッラーの使徒がこう語ったと伝えています:「アッラーゆえに愛し、嫌悪し、また与え、禁じる者は、イーマーンを完結したのである。」[4](アブー・ダーウードの伝承[5]

 


[1] サヒーフ・ムスリム(35)。

[2] サヒーフ・ムスリム(34)。

[3] サヒーフアル=ブハーリー(16)、サヒーフ・ムスリム(42)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[4] 訳者注:つまり自分の私欲や性向にそぐったものを愛し、そうでないものを嫌うのではなく、アッラーが愛されるもの(例えば信仰者や隣人など)やそう命じられたものをアッラーの御顔ゆえに愛し、アッラーが厭われるものや厭うよう命じられたもの(不信仰や不服従など)を嫌うこと。また施しをするのも見栄や名声などゆえではなくアッラーの報償と御顔を求めるゆえに行い、預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の家系などアッラーがザカー(浄財)の付与を禁止された者たちに関しては、アッラーのご命令通りに施しを控えること。(アーバーディー著スナン・アブー・ダーウード注釈「アウヌ・アル=マアブード」参照)

[5] 良好な伝承。スナン・アブー・ダーウード(4681)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(3915)アッ=スィルスィラト・アッ=サヒーハ(380)参照。