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The Book Of Virtues -The Virtues Of Worships
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2-イバーダート[1]の徳

ウドゥー[2]の徳

ウスマーン・ブン・アッファーン(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“ウドゥーをし、それを全うする者の体からはその罪が流れ出よう。そしてそれは彼の爪の先からも、滴り落ちるのである。”(ムスリムの伝承[3]

ウドゥー及びその他のことにおいて、右側から始めることの徳:

アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は靴を履く時や髪を櫛でとかす時、体を洗浄する時など全てのことにおいて、右側から始めることを好んでいました。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[4]

ウドゥーの後サラー(礼拝)することの徳:

ウクバ・ブン・アーミル(彼にアッラーのご満悦あれ)は、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がこう言うのを聞きました:「ウドゥーを全うし、それから心と顔をもって2ラクア[5]サラー(礼拝)に向かうムスリムは、必ずや天国に入るであろう。」(ムスリムの伝承[6]

アザーン(礼拝への呼びかけ)の徳:

1-アブドッラー・ブン・アブドッラフマーンは、アブー・サイード・アル=フドゥリー(彼らにアッラーのご満悦あれ)が彼にこう語った、と伝えています:「“私の見たところ、あなたは羊と砂漠を愛している。それであなたは羊と共にある時、あるいは砂漠にある時、サラー(礼拝)のためにアザーンをするならば呼び声を高らかに上げるのだ。というのも“アザーンをする者の声を聞いた者はジンであっても人間であっても、あるいは何であろうと、審判の日に彼のために証言してくれるであろう”からである。”」アブー・サイードは言いました:「これは私がアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)から聞いたことです。」(アル=ブハーリーの伝承[7]

2-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はこう言いました:「(礼拝への)呼びかけと(礼拝において)最前列(に立つことに潜む偉大な報奨と徳)を人が知り、そして(それゆえにその役割や場所が満杯になってしまい)くじ引きするしかなくなったとしたら、彼らはそうしたであろう。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[8]

3-ムアーウィヤ(彼にアッラーのご満悦あれ)は、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞きました:「アザーンする者たちは審判の日、最も首の長い者たちである[9](ムスリムの伝承[10]

サラー(礼拝)の徳

サラー(礼拝)に歩いて行くことと、モスクでサラート・アル=ジャマーア(集団礼拝)することの徳:

1-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:サラート・アル=ジャマーア(集団礼拝)は家や市場で単独でするサラー(礼拝)より、25段階も(その報奨や徳において)優れている。それでウドゥー[11] をし、それを全うしてサラー(礼拝)のみを欲しつつモスクへと向かう者は、アッラーがモスクまでのその一歩一歩において彼の位階を1つずつ上げて下さり、かつ彼の過ちを1つ1つ取り除いて下さるであろう。そしてモスクに入れば次のサラー(礼拝)までそこで待ち、そして彼はその間サラー(礼拝)をしていると見なされる。そして彼がサラー(礼拝)する場所にいる間、天使が彼のためにこう祈り続ける:“アッラーよ、彼の罪を赦し給え。彼がその清浄な状態にある限り、慈しみ給え。”(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[12]

2-イブン・ウマル(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「サラート・アル=ジャマーア(集団礼拝)は単独でするそれよりも、(その報奨や得において)27段階優れている。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[13]

朝夕にモスクに赴く者の徳:

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「朝夕にモスクに赴く者には、彼が朝夕に出かける度に、アッラーが天国における歓待をご用意下さるであろう。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[14]  

サラー(礼拝)を厳粛さと静粛さをもって行うことの徳:

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「サラー(礼拝)が始まってしまったら、あくせく急いでやって来るのではない。静粛さをもって赴くのだ。そして(サラーのラクアで)間に合ったものは(彼らと共に)行い、そうでなかったものは(皆が終わった後に補う形で)完遂するのだ。あなた方がサラー(礼拝)を意図して歩んでいる時は、(既に)サラー(礼拝)の中にあるのである。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[15]

タアミーン[16]の徳:

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「あなた方が“アーミーン。”と言い、天にある天使たちも“アーミーン。”と言ってそれが互いに重なる時、彼が以前犯した罪は赦されるであろう。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[17]

規定時間に忠実にサラー(礼拝)することの徳:

アブドッラー・ブン・マスウード(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)に尋ねました:“アッラーが最も愛でられる行為は何でしょうか?”(預言者は)言いました:“規定時間通りにサラー(礼拝)することだ。”(私は)言いました:“その次は?”(預言者は)言いました:“親孝行だ。”(私は)言いました:“その次は?”(預言者は)言いました:“アッラーの道において努力奮闘することだ。”このように預言者は私に語りましたが、もし更に質問を続けていたら、更に答えを追加されたことでしょう。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[18]

アル=バルダーン[19]の礼拝をする者の徳:

1-アブー・ムーサー・アル=アシュアリー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「アル=バルダーンを礼拝する者は、天国に入るであろう。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[20]

 2-アブー・バスラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「(ある時)アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はアル=ムハンマス(地名)でアスル(午後遅くの礼拝)を率い、そしてこう言いました:“実にこのサラー(礼拝)はあなた方以前の者たちにも示されたのだが、彼らはそれを遵守し切れなかったのだ。ゆえにこのサラー(礼拝)を遵守する者には、倍の報奨があろう・・・”(ムスリムの伝承[21]

ファジュル(夜明け前のサラー)とイシャー(夜更けのサラー)を集団で行うことの徳:

1-ウスマーン・ブン・アッファーン(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞きました:“イシャー(夜更けのサラー)を集団で行う者は、あたかも夜の半分を(サラーに費やして)立ち続けたかのようである。そしてファジュル(夜明け前のサラー)を集団で行う者は、あたかも夜通し(サラーに費やして)立ち続けたかのようである。”(ムスリムの伝承[22]

サラー(礼拝)の後、その次のサラー(礼拝)まで待ち続けることの徳:

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「“アッラーがそれでもって過ちを抹消され、かつ位階を上げて下さることを教えてやろうか?”(教友たちは)言いました:“ぜひとも、アッラーの使徒よ。”(預言者は)言いました:“そうするのが困難な時に、ウドゥー[23] を万遍なく行うことと、モスクまで沢山歩くこと、そしてサラー(礼拝)の後(また次の)サラー(礼拝)までそこで待つことだ。これこそがアッ=リバート[24]なのである。”」(ムスリムの伝承[25]

ファジュル(夜明け前のサラー)後、その場に留まることの徳:

スィマーク・ブン・ハルブは言いました:「私はジャービル・ブン・サムラに尋ねました:“あなたはよくアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)と座を共にしましたか?”(彼は)言いました:“ああ、頻繁に。彼はファジュル(夜明け前のサラー)をした後、太陽が昇るまでその場から立ち上がらず留まっていた。太陽が昇って初めて、立ち上がったものである。”(ムスリムの伝承[26]

金曜日の徳:

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“太陽の眼を見る日で最良のものは、金曜日である。アーダム(アダム)はその日創造され、その日に楽園に入れられ、その日そこから追放された。そして審判の日は金曜日以外には起こらない。”(ムスリムの伝承[27]

グスル[28]をし、金曜日の説教を聴き、集団礼拝することの徳:

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「グスルをして金曜礼拝に赴き、任意のサラー(礼拝)を行い、そして(イマームが)その説教を終えるまで謹聴し、かつ彼と共にサラー(礼拝)する者は、その前の週の金曜日の3日前からその日までの罪を赦されるであろう。」(ムスリムの伝承[29]

金曜日のある時間‐アスル(午後遅く)の後‐の徳:

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は金曜日に言及してこう言いました:「その日、もしムスリムであるしもべがその時間帯にサラー(礼拝)し、アッラーに何かを乞えば、それが叶えられないことがないある時間がある。」クタイバは彼の伝承にこう付け足しています:「そして彼は手でもって、(その時間帯の)短さを示しました。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[30]

アッ=スナン・アッ=ラーティバ[31]の徳:

ウンム・ハビーバ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私はアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞きました:“毎日義務ではない随意の12ラクア[32]を礼拝するムスリムのしもべには、アッラーが天国に彼のための家を立てて下さる(あるいは彼のために天国に1軒の家が建つ)。”(ウンム・ハビーバは)言いました:“そしてそれ以後、私はそれを未だに遵守しています。”(ムスリムの伝承[33]

タハッジュド[34]と夜中任意にサラー(礼拝)することの徳:

1-至高のアッラーは信仰者の特徴について、こう仰られました:-彼らの脇腹は(夜)寝床に留まっていることはなく、(アッラーの懲罰を)恐れ、(そのご慈悲を)乞いつつ主に祈願し、われら(アッラーのこと)が授けたものから施しをする。誰1人として(来世において)彼らのために隠された享楽の数々を知ることはない。(それは)彼らが行っていたことに対する報いなのである。,(クルアーン32:16-17)

2-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“ラマダーン月のサウム(斎戒、いわゆる断食)に次いで優れたサウムは、アッラーの月ムハッラム(のそれ)である。そして義務のサラー(礼拝)に次いで優れたサラーは、夜の任意のサラーである。”(ムスリムの伝承[35]

夜の後半にウィトル[36]することの徳:

ジャービル(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“夜の後半に起きられそうにない者は、夜の前半にウィトルするのだ。そして夜の後半に起きることを熱望する者は、後半にウィトルせよ。実に夜の後半のサラー(礼拝)は天使たちによって見守られており、そちらの方が(前半にするよりも)よりよいのである。”(ムスリムの伝承[37]

夜のドゥアー(祈願)やサラー(礼拝)、ズィクル(唱念)の徳:

1-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「至高のわれらが主は毎晩夜の後半も3分の1に差し掛かる頃、天の最下層にまでご来臨なされる。そしてこう仰られる:“われにドゥアー(祈願)する者はいるか?われはそれに答えてやるぞ。われに何か頼み事をする者はいるか?われはそれを与えてつかわすぞ。われに罪の赦しを乞う者はいるか?われはその罪を赦してつかわすぞ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[38]

 2-ジャービル(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がこう言うのを聞きました:“夜には、ムスリムが現世と来世においてアッラーに良きことを乞えば、それが叶えられないことのないある時間帯がある。そしてそれは夜全体のことなのだ。”」(ムスリムの伝承[39]

ドゥハー(午前中)のサラー(礼拝)と、その最良の時間帯:

1-アブー・ザッル(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「毎朝あなた方の身体の各関節には、サダカ(あらゆる形での慈善行為)が課せられる。全てのタスビーフ[40]は1つのサダカであり、全てのタハミード[41]は1つのサダカであり、全てのタハリール[42]は1つのサダカであり、全てのタクビール[43]も1つのサダカである。また善行を勧めることも1つのサダカであれば、悪行を禁じることも1つのサダカである。そしてドゥハー(午前)に礼拝する2ラクアは、それら全てに相当するのだ。」(ムスリムの伝承[44] 

2-ザイド・ブン・アルカム(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「よき悔悟者のサラー(礼拝)とは、子ラクダたちの足が(太陽の灼熱で熱された砂の熱さに)熱される時(に行われるの)である。」(ムスリムの伝承[45]

頻繁にサジダ(伏礼)し、ドゥアー(祈願)することの徳:

1-ラビーア・ブン・カアブ・アル=アスラミー(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私はアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)と共に泊まり、彼にウドゥー[46]のための水や用事などにおいて仕えていました。すると預言者は)言いました:“(私に)頼み事をするがよい。”それで私は言いました:“天国であなたと共にあることを、あなたにお頼みしたいのです。”(預言者は)言いました:“その他には?”(私は)言いました:“それ以外にはありません。”(預言者は)言いました:“(あなたが)沢山サジダすることによって、私をあなた(の頼み事)において(それが実現出来るべく)援助してくれ。”(ムスリムの伝承[47]

 2-サウバーン(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“アッラーに沢山サジダするのだ。というのもアッラーがあなたの位階を1つ上げて下さり、かつあなたの罪を1つ抹消して下さることなしには、あなたがアッラーにサジダすることはないからである。”(ムスリムの伝承[48]

自宅で随意のサラー(礼拝)をすることの徳:

ザイド・ブン・サービト(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「・・・あなた方の家でサラー(礼拝)するのだ。というのも義務のサラーを除けば、男性にとっての最善のサラーは自宅でするものなのであるから。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[49]

  義務と随意のサラー(礼拝)の徳:

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“至高のアッラーは仰られた:「わが愛する敬虔なしもべに敵対する者には、われが宣戦布告しよう。そしてわがしもべがわれに向かって(随意の崇拝行為によって)近付こうとする行為は、われが彼に義務付けたもの(によるそれ)よりもわれを悦ばせるものなのである。

そしてわがしもべは(自発的な)任意の崇拝行為によって、われに向かって近付こうとし続ける。そしてわれは彼を愛で、彼の聞く聴覚となり、彼の見る視覚となり、彼がそれでもって制する手となり、それでもって歩む足となる。そして彼がわれに向かって何かを乞えば、われはそれを与えよう。彼がわが庇護を求めれば、われはそれを与えよう。そして死を厭う信仰者の魂(をその定命通り奪うことにおける)ほど、われがためらうことはない。われは彼を害する物事を厭うのであるから。」”(アル=ブハーリーの伝承[50]

義務のサラー(礼拝)のタスリーム[51]後にズィクル(唱念)することの徳:

 アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によると、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:「各サラー(礼拝)の後にアッラーを33回タスビーフ[52]し、アッラーを33回タハミード[53]し、また33回タクビール[54]し、‐これで計99回であるが‐そして100回目に:“ラー・イラーハ・イッラッラーフ・ワハダフ・ラー・シャリーカ・ラフ、ラフ=ル・ムルク、ワ・ラフ=ル・ハムド、ワ・フワ・アラー・クッリ・シャイイン・カディール(いかなる共同者もない、唯一のアッラーの他に真に崇拝すべきものはなし。そしてかれにこそ主権と全ての賛美は属し、かれこそは全能のお方である)。”と言った者は、例えその罪の数が海の泡のごとく(沢山)であったとしても、それを赦されるであろう。(ムスリムの伝承[55]

葬儀及びそのサラー(礼拝)に参加し、埋葬の場に立ち会うことの徳:

 アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「ムスリムの葬儀に信仰心と(それに参加することの)報奨を求める心をもって参加し、その礼拝と埋葬にまで立ち会った者には偉大な報奨が2つあるだろう。そしてその各々はウフド[56]1つほどのようである。一方(葬儀の)礼拝にまで参加したが、埋葬にまでは立ち会わなかった者には偉大な報奨が1つある。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[57]

ムスリムによって葬儀のサラー(礼拝)をされた者の徳:

1-アーイシャ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「葬儀のサラー(礼拝)に参加したムスリムの民が100人に達し、彼ら全てが故人のとりなしをするならば、そのとりなしは受け入れられないことがない。」(ムスリムの伝承[58]

 2-イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私はアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞きました:“アッラーと共に他の何ものをも配さない40人の者が故人のために葬儀のサラー(礼拝)を捧げるならば、アッラーは彼らを故人に対するとりなし役とされるだろう。”(ムスリムの伝承[59]

愛しい者が亡くなっても、偉大かつ荘厳なるアッラーの御許にその(出来事における忍耐による)報奨を求める者の徳:

 アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「至高のアッラーは仰られた:“われが現世においてその愛しき者(の命)を奪っても、(そこにおいて忍耐することで)天国(の報奨)を望むわが信仰者のしもべには、われのもとに報奨があろう。”」(アル=ブハーリーの伝承[60]

マッカとマディーナの聖モスクでサラー(礼拝)する者の徳:

1-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「この私のモスク(マディーナの預言者モスク)におけるサラーは、それ以外のモスクでするサラーよりも(その報奨において)1000倍優れている。ただしマッカのハラーム・モスクにおけるサラーだけは別だ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[61]  

2-ジャリール(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「この私のモスク(マディーナの預言者モスク)におけるサラーは、それ以外のモスクでするサラーよりも(その報奨において)1000倍優れている。ただし(マッカの)ハラーム・モスクにおけるサラーは別だが。ハラーム・モスクにおけるサラーは、それ以外のモスクでのサラーよりも(その報奨において)100000倍優れているのだ。」(アフマドとイブン・マージャの伝承[62]

エルサレムの聖モスクにおけるサラー(礼拝)の徳:

アブー・ザッル(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私たちがアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)のもとにいる時、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)のモスクとエルサレムの聖モスクのどちらが優れているかで、私たちの間に議論が起きました。その時アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“この私のモスクにおける1回のサラー(礼拝)は、(エルサレムの聖モスクにおける)4回のサラー(礼拝)に(その報奨において)勝る。その礼拝所の何と素晴らしいことか・・・”」(アル=ハーキムの伝承[63]

クバー・モスク[64]におけるサラー(礼拝)の徳:

サハル・ブン・ハニーフ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“自宅で心身を清め、それからクバー・モスクを訪れてサラー(礼拝)する者には、ウムラ(小巡礼)と同様の報奨があろう。”(アン=ナサーイーとイブン・マージャの伝承[65]

②-ザカー(浄財)の徳

ザカー(浄財)を施すことの徳:

1-至高のアッラーはこう仰られました:-実に信仰して善行に励み、サラー(礼拝)を行いザカー(浄財)を施す者たちには、その主の御許に彼らの報奨があろう。彼らは恐れることもなければ、悲しむこともないのだ。,(クルアーン2:277)

2-至高のアッラーはこう仰られました:-アッラーの御顔のみを求めてあなた方が施したザカー(浄財)は、それによって(彼らの利益としての報奨を)何倍にもする者たちである。,(クルアーン30:39)

3-至高のアッラーはこう仰られました:-昼に夜に、密かに露わに財を施す者たちには、その主の御許に報奨があるのである。彼らは恐れることもなければ、悲しむこともないのだ。,(クルアーン2:274)

4-至高のアッラーはこう仰られました:-彼らの財産から施しのためのものを取り、それでもって彼らを(罪から)清め、浄化してやるのだ。そして彼らのために祈れ。実にあなたの祈願は(彼らの心を)平穏にするであろう。アッラーは全てを聞かれ、ご存知になられるお方である。,(クルアーン9:103)

5-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、1人のベドウィンの男が預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)のもとにやって来て言いました:「“それをすれば天国に入れるような行いを教えてくれ。”」(預言者は)は言いました:“アッラーをかれに何ものをも配さずに崇拝し、義務のサラー(礼拝)を行い、課されたザカー(浄財)を施し、ラマダーン月のサウム(斎戒、いわゆる断食)をするのだ。”(男は)言いました:“私の魂がその御手に委ねられているお方にかけて。私はそれ以外には何もしないぞ。”そして(男が)立ち去った後、(預言者は)言いました:“天国の民に属する男を見たければ、彼を見るがよい。”(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[66]

合法的なよい手段をもって稼いだ糧から施すサダカ(施し)の徳:

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“合法的なよい手段をもって稼いだ糧から施せば、それがナツメヤシの実1粒ほどのものであっても、アッラーは‐よきものであれば受け入れられるお方ゆえ‐それをその右手でもって受け入れられるであろう。そしてまるであなた方が子馬を山のよう(な大きさ)になるまで育てるように、かれはその施し(の報奨)を大きくされるであろう。”(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[67]

③-サウム(斎戒、いわゆる断食)の徳

● サウムの徳:

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“アッラーは仰られた:“アーダムの子(つまり人類)のする行いは全て自らのためのものであるが、サウムだけは別であり、わがため(に成される行い)である。そしてわれはそれによって報奨を与える。”またサウムは盾である。それであなた方がサウムする日には、下劣な言動を取ったり、(言い合いをして)声を張り上げたりしてはならない。そして誰かがあなたに悪口を言ったり、争いを仕掛けてきたりしたら、「私はサーイム(サウムする者)である。」と言うのだ。ムハンマドの魂がその御手に委ねられているそのお方にかけて。サーイムの口臭は、アッラーの御許において麝香の香りよりもかぐわしい。そしてサーイムには2つの喜びがある:サウムを解く時の喜びと、その主にまみえた時のそのサウムゆえの喜びである。”(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[68]

サウムの徒の徳:

サハル(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:「天国には8つの門がある。そしてそこにはサウムの徒しかそこから入ることのない、アッ=ライヤーンという名の門がある。(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[69]

● ラマダーン月をイーマーン[70]報奨への望みをもってサウムすることの徳:

 アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“ラマダーン月をイーマーンと報奨への望みをもってサウムする者は、それ以前に犯した罪を赦されるであろう。(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[71]