5-サウム(斎戒)
①サウム(斎戒)の意味とその義務性と徳:
● 偉大かつ荘厳なるアッラーは、しもべが自らの欲望に従うか、あるいはその主に従うかを試すために、イバーダ(崇拝行為)を多様な形に定められました。そして宗教において、サウムのようにアッラーの御顔を求めて飲食物や性交などの自らの欲望を制限する種類のものも定められた一方、ザカー(浄財)やサダカ(施し)のようにアッラーの御顔を求めて財など自ら欲求するものを費やす種類のものも定められました。もしかするとある者は容易に1000リヤル[1]施すことは出来ても、1日のサウムにすら耐えられないかもしれません。またその逆の場合もあるでしょう。このようにアッラーは、しもべを試すためにイバーダを様々な形に多様化させられたのです。
● 心の改善:
心の改善と矯正は、主のみに関心を集中させ、そしてかれに親しむことで達成されます。しかし飲食や言葉や睡眠の過多、そして人々と必要以上に交わることなどは人をその主から断絶させてしまい、乱雑さや放逸さを助長します。そこで偉大かつ慈悲深いお方はそのご慈悲ゆえ、しもべたちに飲食過多を解消し、至高のアッラーへの道において障害となる様々な欲望から心を解き放つべく、サウムを定められたのです。
またアッラーは、しもべたちにイァティカーフ(お篭り)を定められました。それは心がアッラーへと専念し、かれと交流し、そして他のものとは隔絶してかれと2人きりになる機会を提供します。またアッラーは来世において何の益にもならないような言葉を抑制し、心身を益するキヤーム・アッ=ライル(夜の任意の礼拝)も定められました。
● サウムとは:偉大かつ荘厳なるアッラーへの奉仕と服従としてサウムをするという意図を持ちつつ、真のファジュル(暁)[2]から日没まで、飲食や性交などのサウムを無効化する諸要因から身を控えることです。
● サウムが定められたことの英知:
1-サウムは、義務行為を遂行し禁止行為を放棄することによって、偉大かつ荘厳なるアッラーに対するタクワー[3]を獲得する手段です。
2-サウムは人に自らを規律づけ、欲望を抑制することを教えてくれますし、また責任を全うし困難に耐える訓練を施してくれます。
3-サウムは、同胞の痛みを分かち合う心を養います。そしてそれにより、貧者や困窮者への善行や奉仕へといざないます。こうして愛情や同胞愛といったものが養われるのです。
4-サウムは魂を浄化し、卑しい性格や悪徳などを直してくれます。また消化器官を過労から休息させ、その活力と回復を促します。
● ラマダーン月[4]のサウムはイスラームの5柱の1つです。偉大かつ荘厳なるアッラーはヒジュラ暦2年にそれを定められました。
● ラマダーン月は最良の月です。その月末の10日間の夜は、ズー・アル=ヒッジャ月[5]の最初の10日間の昼より優れています。一方ズー・アル=ヒッジャ月の最初の10日間の昼は、ラマダーン月の最後の10日間の昼よりは優れています。そして1週間の内最良の日は金曜日で、イード・アル=アドゥハー(犠牲祭)の日は年間を通して最良の日であり、ライラト・アル=カドゥル[6]は年間を通して最良の夜です。
● ラマダーン月のサウムの義務性:
ラマダーン月のサウムは男女を問わず、全ての①ムスリム、②成人、③理性が健常な者、④サウムを遂行可能な能力を備えている者、⑤定住者、⑥また月経や産後の出血などのサウムの有効性を妨げる要素がない者に、義務付けられています。
またアッラーがウンマ(イスラーム共同体)に定められたサウムは、それ以前の啓典の民にも定められていました。
至高のアッラーはこう仰られました:-信仰する者たちよ、あなた方以前の者たちにも定められたように、あなた方にもサウムが課せられた。(それによって)あなた方はタクワーを獲得するであろう。,(クルアーン2:183)
● ラマダーン月の徳:
ラマダーン月に入ると、天国の扉は開け放たれます。そしてアッラーはその月の毎晩、地獄から人々を救われます[7]。そしてその月の後半には、1000の月にも優ると言われる1晩が潜んでいるのです。
アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:“ラマダーン月が来ると、天国の諸門は開け放たれ、地獄の諸門は閉じられる。そしてシャイターンはかせをつけられ(て拘束され)るのだ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[8])
● サウムの徳:
1-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“アーダムの子(人間)の全ての行いは、その10倍から700倍の善行として倍増させられる。偉大かつ荘厳なるアッラーは仰った:「但しサウムは別である。それはわれのためのものであり、われはそれに(特別な)報奨を授ける。(というのもサウムする者は)われゆえにその欲望と食事を放棄したからである。」そしてサウムするものには2つの喜びがある:サウムを解くときの喜びと、主と謁見した時の(特別なご褒美に対する)喜びである。そして(サウムする者の)口臭は、アッラーの御許において麝香の香りよりも芳しいものなのだ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[9])
2-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“ライラト・アル=カドゥルをイーマーンと報奨への望みをもってサラー(礼拝)する者は、それ以前に犯した罪を赦されるであろう。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[10])
3-サハル(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:「天国には8つの門がある。そしてそこにはサウムの徒しかそこから入ることのない、アッ=ライヤーンという名の門がある。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[11])
②サウムに関する諸規定:
● ムスリムはラマダーン月の報奨を得るためには、イーマーン[12]と困難の代償である報奨への望みをもってサウムしなければなりません。そして見栄や世評、単なる慣習や周囲の人々への盲従ゆえにサウムするようであってはなりません。ムスリムは他のイバーダート(崇拝行為)同様アッラーに命じられたゆえにサウムするのであり、それでもってアッラーの御許における報奨を望むのです。
● ラマダーン月のサウムを始めるにあたって確認しなければならない2つのこと:
1-男女関わらず、視力に優れた信頼に値するムスリムにより、ラマダーン月の新月が観測されること。
2-あるいはシャアバーン月[13]が30日完遂すること。
● ラマダーン月の新月観測に関する諸規定:
もしシャアバーン月30日目の晩の空が見通しがよいにも関わらず、新月が観測されなかった時は、サウムを始めません[14]。
またサウムを始め、ラマダーン月28日目に翌月の新月が観測されてしまったような時は、イードの日の後に1日ラマダーン月のサウムを補わなければなりません。
また1人の新月観測の証言によりサウムを始め、ラマダーン30日目になっても新月が観測されない場合、新月が観測されるまでサウムを継続します。
アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“(新月の)観測と共にサウムを始め、(新月の)観測と共にサウムを終えよ。もし(天候が悪く空の)見通しが悪い場合は、シャアバーン月を30日完遂するのだ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[15])
● ある地域の誰かが新月を観測したら、その地域に居住する(サウムの義務が課されている)全ての者はサウムを始めなければなりません。観測場所によって月の位置は異なるため、各地域や国によって新月観測によるサウムの開始・終了時期は異なってきます。しかし全ての国がある1つの新月観測によって一斉にサウムをするのなら、それは望ましいことであり、またムスリムの統一と同胞愛、団結の表れともなります。ゆえに至高のアッラーがそう思し召しになるその時まで、各ムスリムは自国の人々と共にサウムするべきで、分裂して各々が別々にサウムを始めたり終えたりするべきではありません。そしてそれはアッラーが禁じられている、ムスリムの分裂という危険な要素を回避するためでもあります。
● ラマダーンの新月を確認したのに、周りからその言葉を受け入れてもらえなかった者、あるいはシャウワール月[16]の新月を確認したのに、周りからその言葉を受け入れてもらえなかった者は、サウムの開始・終了時期において周りの人々に足並みを揃えなければなりません。
またもし昼間に新月が観察されたら、それは次の晩のものと見なされます。そしてもし新月が日が昇る前に隠れてしまったら、それは前の晩のものと見なされます。
● ラマダーン月に関わらず、新月を見た時には次のように唱えることが推奨されています:「アッラーよ、祝福とその継続と共に、そして平安とその継続と共に新月をお見せ下さい。私とあなたの主は、アッラーです。」(アッ=ティルミズィーとアフマドの伝承[17])
● ラマダーンの新月がイスラーム法に則った形で観測されるか、あるいはその終了が確認されるかしたら、ムスリムの指導者は合法的な手段をもってそれを布告しなければなりません。
● サウム中に別の国に移転した場合、サウムの開始・終了時期は移転先の国のそれに従います。ゆえに彼らがサウムを終了したら自らも終了することになります。ただそうすることによって、もし自分の遂行したサウムが29日間に満たない場合には、イードの日の後に1日分のサウムの不足分を補います。またもしサウムが30日間以上に達する場合であっても、その国の人々に合わせてでしかサウムを終了してはなりません。
● サウムのニーヤ(意図)の義務性:
ラマダーン月のサウムをするにあたっては、その日のファジュル(暁)前の晩からそうするというニーヤを明確にしておかなければなりません。ただラマダーン月以外の任意のサウムに関しては、ファジュル(暁)後のサウムを無効にするいかなることもしていないことを条件に、昼間からニーヤを立てることが出来ます。
● 義務のサウムでも、もし前日の晩にラマダーン月の開始がまだ判明していなかった場合で、かつ昼間に新月の確認がされたら、その時は昼間にニーヤを立てることが正当化されます。そしてそのような場合は、もしそれ以前に食事などをしてしまっていたとしても、日没まで残りの昼間をサウムしなければなりません。そしてその日のサウムは、定刻に行われた正しく完全なものと見なされるので、それを不完全なものとして後に補足してやり直す必要はありません。
● ラマダーン月の昼間に、それ以前は精神に以上をきたしていた者が回復したり、年少者が成熟したり、あるいは不信仰者がムスリムになったりした場合、彼らはサウムの義務が発生した時点に‐つまり昼間であっても‐ニーヤを立てることが許されます。その日はそれ以前に飲食などしてしまっていても問題はなく、その日のサウムを不完全なものとして後に補足してやり直す必要はありません。
● 全ムスリムは、サラー(礼拝)やサウムにおいて、現在いる場所の日付や時刻に従います。サウムする者は地上であろうと、飛行機の中にあろうと、はたまた船の上にあろうと、現在いる場所の日付や時刻に従ってサウムを始め、解くのです。
● 老人と病人のサウム:
定住者であるか否かに関わらず、老衰や回復の見込みのない病気ゆえに義務のサウムをしない者は、毎日経済的な困窮者1人に食事を施し、それでもってサウムの代償としなければなりません。そして彼がサウムしなかっただけの食事を作り、困窮者たちに振舞うのです。その時期は個人の判断に任されており、毎日そうすることも、あるいは後回しにすることも可能です。また望むならば、毎日半サーア[18]の食料を1人の困窮者に施すことも出来ます。
● 精神的失調や精神錯乱などに陥っている者は、サウムする義務もなければその償いをする必要もありません。というのもそのような状態にある者は、そもそも諸義務を課されてはいないからです。
● 月経中、あるいは産後の出血中の女性は、サウムすることが許されていません。そのような状態にある者はサウムをせず、後に出来なかった日数分のサウムを補うことになります。また日中に清浄な状態に戻ったり、あるいはサウムをせずに旅行し、そして昼間にその旅行を終えたような状態にある者は、サウムする必要はありません。そのような者は、後でその日の分のサウムを補うことになります
● 妊娠中、及び授乳中の女性は、サウムすることでもし自らの身、あるいは自分自身と胎児あるいは乳幼児の双方の危険を感じるならば、サウムしません。そして後に、やらなかった日数分のサウムを補足します。
● 旅行中のサウムに関する諸規定:
大まかに言って、旅行中はサウムをしない方がよいとされています。しかしラマダーン月の旅行者は、もしサウムをしても余り困難が見込まれないようであれば、サウムをした方がよりよいでしょう。しかしもし旅行中にサウムをすれば困難に直面しそうなのであれば、サウムはひとまず解いておいた方がよいでしょう。また旅行中のサウムが非常な困難を伴うのが分かっていれば、そのような時はサウムをしないことが義務となります。そして旅行が理由で義務のサウムをしなかった場合は、後でその分を補わなければなりません。
アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私たちは預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)と旅行したものですが、サウムしている者はそうしない者を批判しませんでしたし、サウムしていない者がそうしている者を批判することもありませんでした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[19])
● サウムをするニーヤを立ててサウムを始め、その後1日中あるいは日中の一部を意識不明のまま過ごした者は、そのサウムは‐アッラーのお許しと共に‐正しく有効なものと見なされます。
● ラマダーン月、あるいはそれ以外の月において意識の喪失や病、精神異常などにより意識を失い、それから目覚めた者は、その間出来なかったサラー(礼拝)やサウムを後にやり直すことはありません。というのも、そのような者はその間諸義務の遂行を課せられてはいないからです。一方自ら進んでそのような状態を招いた者は、その状態から回復した後に出来なかった分の埋め合わせをします。
● サウムするニーヤを立ててスフール(夜明け前に摂る食事)を摂り、それから眠りに落ちて日没まで目覚めなかった者のサウムは正しいと見なされます。後でやり直す必要もありません。
● ラマダーンの昼間につい忘れて飲食したり性交したりしてしまっても、そのサウムは正しいと見なされます。
● サウム中に夢精した者のサウムは正しいと見なされます。そのような者はグスル[20]しなければなりませんが、罪を犯したことにはなりません。
● サウムするのが困難な状況にあるか、あるいはすれば自らを害することが分かっている者は、サウムしてはいけません。そのような者にはサウムをしないことが義務となり、後にその埋め合わせをします。
● ムスリムは常に清浄な状態にあることが望まれます。一方サウムしようとする者で大きな汚れ[21]や月経や産後の出血が上がった後の状態にある者は、その状態を清めるためのグスルをファジュル(暁)前まで後伸ばしにすることが出来ます。そしてそのサウムは正しく、有効なものとみなされます。
● ラマダーン月に旅行する者は、乗り物に乗り込む前にサウムを解いておくことがスンナ[22]です。また溺れている者の救助や火事の消火活動のためなど、他人の福利のためにサウムを解いた者は、後にその日の分のサウムをやり直します。
● 太陽が沈まない土地でサウムする方法:
夏に太陽が沈まず、冬に太陽が昇らないような土地にある者、あるいは昼がある一定の期間連続し、夜もある一定の期間連続するような土地にある者は、昼夜の区別がつく最寄りの土地の時刻に従ってサラー(礼拝)とサウムをします。但し昼夜の合計時間数は24時間でなければならず、サウムを開始したり終了したりする時刻や日付は、その国のそれに従います。
● ラマダーン月の昼間に月経中の妻と交わった者は、罪の償いをした上に、そのサウムをやり直す必要があります。そして月経の章で示したように、1ディーナール(4.25g)あるいは半ディーナール分の金を施さなければなりません。
● 日没前に旅客機が出発して離陸したら、サウムしていた者は日没までサウムを解くことが出来ません。
● ラマダーン月のサウムの義務性を否定する者は、サウムしようとしまいと不信仰に陥ったことになります。一方無頓着や怠惰ゆえに義務のサウムをしない者は不信仰に陥っているとはみなされず、ゆえにそのサラー(礼拝)も正しく有効であると見なされます。ただそのような者は非常に大きな罪を犯していると見なされるでしょう。
● サウムを無効にする物事は次の通りです:
1-日中の飲食。
2-日中の性交。
3-性交渉やキス、自慰行為などによって覚醒した状態で精液が発射されること。
4-日中に注射や点滴などによって、栄養剤などを摂取すること。
以上のものは、それらがサウムを無効とするものであることを知りつつ、故意に、かつ意識的に行った者のサウムを無効にする物事です。
5-日中の月経、及び産後の出血。
6-イスラームの棄教
● サウムを無効にする物事は2種類に分類されます:
1-飲食やそれに類する諸事のように、身体を益したり、また栄養を補給したり、強化したりする物質が体内に入ること。あるいは血液やアルコールなどの摂取のように、身体に害を及ぼす物質が体内に入ること。
2-精液の発射や月経及び産後の出血に代表されるように、身体の疲労や消耗をもたらすような物質が体内から放出されること。
● まだ夜だと思い込んで食べていたら、実はもう朝になっていたことを後に知った者、あるいは太陽がもう沈んでいると思い込んで飲食したものの、実はまだ日没していなかったことが判明した者のサウムは正しく有効です。やり直しする必要もありません。
● サウムを無効にしない物事:
コフル[23]。注射。尿道から垂れる尿滴。薬品の塗布。香水。油。お香。ヘンナ[24]。眼、耳、鼻に1滴ほどの物が入ること。嘔吐。吸玉放血法(カッピング)。静脈による放血法(医療の1種)。血を抜くこと。鼻血。出血。負傷による出血。抜歯。精液に先駆けて出る潤滑液。あるいは尿の後に出ることのある白く濁った液体。喘息の発作を抑える吸入・・・。
● 血液検査のための採血や、栄養補給などではなく医療ゆえの注射などは、サウムを無効にしません。しかし出来るだけ夜間に行う方が望ましく、また賢明でしょう。
● 女性はサウム、あるいはハッジ(大巡礼)のために月経の時期を遅らせる薬品を使用することが許されています。但し医師など信頼のおける筋から、その使用の安全性を確認することが必要ですし、出来ればそのような物は使用しないで済ませる方がよいでしょう。
● 全血液の洗浄‐体内から血液を抜き、そこにある種の物質を付加してきれいな状態で再び体内に戻す医療法‐は、サウムを無効にします。
● サウムする者は自慰行為、あるいは配偶者と性交に至らない範囲で射精した場合、罪を犯したと見なされます。このような者はそのことに対する代償を払う必要はありませんが、後でそのサウムを再度やり直さなければなりません。
● ラマダーン月にサウムしたまま旅行し、その昼間に妻と性交してしまった者は、そのことに対する代償を払う必要はありませんが、後でそのサウムを再度やり直さなければなりません。
● ラマダーン月の日中に定住状態にある者がもし故意に、そしてその事がサウムを無効にすることを知りつつ、かつ意識的に妻と性交すればそれは罪であり、そのことの代償を支払わなければならず、またそのサウムをやり直さなければなりません。しかしもしそれが強制によるものであったり、あるいはその事がサウムを無効にするということに無知だったり、あるいはつい忘れてそうしてしまった場合、そのサウムは正しく有効であると見なされます。そのような者はサウムをやり直す必要もなければ、代償を支払う必要もありません。これは男女双方に適用される規定です。
● ラマダーン月の昼間の性交によるサウムの無効化の代償は:
奴隷を1人解放することです。もし奴隷がなければ、2ヶ月連続のサウムです。そしてそれが出来なければ、60人の経済的困窮者に半サーア[25]ずつの食事を振舞わなければなりません。そしてそれさえも出来ないのなら、代償を払う義務は免除されます。尚この代償は、サウムの義務を課されている者がラマダーンの昼間に、その事がサウムを無効化するということを知りつつ故意に性交した場合にのみ課されます。ゆえに任意のサウム、誓いのサウム、あるいは義務のサウムのやり直しにおいて昼間に性交した場合、代償は課されません。
アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「ある男が預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとにやって来て、言いました:“アッラーの使徒よ、私はもうだめです。” 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:“何がだめなのだ?”(男は)言いました:“ラマダーン月に妻と交わってしまいました。”(預言者は)言いました:“奴隷を1人解放出来るか?”(男は)言いました:“いいえ。”(預言者は)言いました:“それでは2ヶ月間連続してサウムすることは出来るか?”(男は)言いました:“いいえ。”(預言者は)言いました:“それでは60人の困窮者に食事を振舞うことは出来るか?”(男は)言いました:“いいえ。”それから(男は)座りました。
すると預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとに、ナツメヤシの実が入った袋が運んで来られました。(預言者は男に)言いました:“これでもって施すがよい。”(すると男は)言いました:“私たちより貧しい者に、ですか?2つの溶岩地帯の間(マディーナのこと)には、私たちよりもそれを必要としている者はいないというのに。”すると預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は犬歯が露わになるほど笑われ、こう言いました:“行くがよい。そしてそれでお前の家族に食べさせよ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[26])
● 代償としての2ヶ月連続のサウムなどを課された者は、2つのイードの日、旅行、サウムが出来ない類の病気、月経や産後の出血などがない限り、それを連続して行わなければなりません。
● ラマダーン月の昼間に2日間、あるいはそれ以上妻と性交してしまった者は、その日数だけの代償とサウムのやり直しをしなければなりません。しかしもし1日に何度も性交してしまった場合は、代償は1日分のみと見なされ、無効となったその日のサウムは後にやり直します。
● サウムをしていない旅行者が昼間に旅行を終え、そしてその妻が月経や産後の出血から清浄な状態にある場合、彼は妻と性交渉を行うことが出来ます。
● ラマダーン月にやり残したサウムは、迅速にかつ連続して完遂することが推奨されます。もし時期的に余裕がない場合(つまり次のラマダーンが迫って来ているような場合)は、連続して行うことは義務となります。そしてもしラマダーン月にやり残したサウムの完遂を正当な理由もなく次のラマダーン月が来るまで後伸ばしにしてしまったら、それは罪深いことであり、かつその遂行義務は継続します。
● 偉大かつ荘厳なるアッラーはサウムを遂行することが出来る者に対して、ラマダーン月のサウムをその定刻通りに行うことを義務付けられました。また旅行者や月経中の者など、一時的な正当な理由を有する者に対しては、ラマダーン月の後にその義務を遂行することを義務付けられました。そして老衰している者など、ラマダーン月の間もその後もサウムの遂行能力がない者に対しては、食べ物による施しを義務付けられました。
● ラマダーン月のサウムの義務を遂行しないまま死んでしまった者は、もし病気その他の理由による正当な口実がなかったなら、故人の代わりに誰かがそれを遂行したり、あるいは食事を施したりする義務はありません。一方そうする能力があったにも関わらず、サウムの義務を遂行しないまま死んでしまった者に関しては、その後見人(遺産相続人)が代わりにサウムを遂行しなければなりません。
アーイシャ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「サウムの義務を果たさぬまま死んでしまった者は、その後見人がその者のためにサウムするのだ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[27])
● その義務性を知りつつ、故意にかつ意識的にラマダーン月にサウムしなかった者で、かつサウムをしなくてもいい正当な理由もなかったような者は、後にそのやり直しをすることも出来ず、またもしそうしたとしてもそのサウムは正しく有効なものではありません。そのような者はひどい罪を犯しているのであり、悔悟し、かつ罪の赦しを乞わなければなりません。
● 誓いのサウムや誓いのハッジ(大巡礼)、誓いのイァティカーフ(お篭り)などを遂行しないまま死んでしまった者に関しては、その後見人がその義務を遂行することが奨励されます。後見人とは遺産相続人のことですが、それ以外の者でも有効であり、かつ報奨が与えられるでしょう。
● サウムをしない、あるいはサウムを解除しようと考える者は、例えサウムをしていたとしても既にサウムを解いたことになります。というのもサウムは2つの基幹‐ニーヤ(意図)と、サウムを無効にする物事から身を控えること‐のもとに成立しているのであり、もしサウムをしない、あるいはサウムを解こうと思った者は、その時点で全ての行いの基本でありかつあらゆるイバーダ(崇拝行為)の構成要素の中でも最も偉大なものであるニーヤという、サウムの基幹の1つが欠落してしまっているからです
● 「もし明日からラマダーンだったらサウムしよう」と決めてシャアバーン月(ラマダーンの前の月)30日目の晩に寝た者で、後に(彼がシャアバーン月30日目と思い込んでいた)その日が実はラマダーン初日であることが判明したのなら、そのサウムは正しく有効なものとなります。
● 禁止令というものはもしそれがイバーダ(崇拝行為)そのものに関するものであれば、それを犯す事は禁じられており、かつそうすることでそのイバーダ自体も無効となります。そのような例としてイードの日にサウムすることなどが挙げられます。また、禁止令がそのイバーダ特有の言葉や行いに関するものであれば、それを犯すことでそのイバーダ自体が無効となります。例を挙げるなら、サウムする者が食事を摂取することで、そうすればそのサウムは無効になります。そしてもし禁止令がイバーダやその他のことに関する一般的なものであれば、それを犯してもそのイバーダ自体が無効化することはありません。例えばサウムをする者が人の陰口を言ったりすることで、それは禁止行為ではあってもサウムを無効化にまではしません。この法則は全てのイバーダに適用されます。
[1] 訳者注:日本円で約3万円ほど(2007年9月現在)に相当します。
[2] 訳者注:イスラーム法におけるファジュル(暁)には2つあり、偽のファジュルと真のファジュルがあります。前者は夜明け前に縦に伸びる光で、後者は全体的に広がってくる光です。
[3] 訳者注:「タクワー」は「自らを守る」という動詞の名詞形。つまりアッラーを畏れ、またそのお怒りと懲罰につながるような行い‐つまりかれが命じられたことに反したり、あるいは禁じられた事柄を犯したりすることなど‐を避けることで、自らの身をアッラーのお怒りや懲罰から守ることを意味します。
[4] 訳者注:ヒジュラ暦9月のこと。
[5] 訳者注:ヒジュラ暦12月のこと。
[6] 訳者注:「ライラト・アル=カドゥル」はラマダーン月最後の10日間の内のどれか、あるいは最後の7日間のどれかであるなどという伝承があり、諸説あります。アッラーはこの夜、アッ=ラウフ・アル=マハフーズ(護られた碑板)から向こう1年分の諸事をお望みのままに定められますが、預言者ムハンマド(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)にクルアーンを啓示されるべく、それをアッ=ラウフ・アル=マハフーズから天の最下層にまで下されたのがこの夜のことでした。この夜は天を昇り降りする天使で世界中が満たされると言われます。クルアーン97章参照のこと。
[7] 訳者注:つまり地獄に値するような罪深い人たちの罪をお赦しになられる、ということです。
[8] サヒーフ・アル=ブハーリー(3277)、サヒーフ・ムスリム(1079)。文章はムスリムのもの。
[9] サヒーフ・アル=ブハーリー(1894)、サヒーフ・ムスリム(1151)。文章はムスリムのもの。
[10] サヒーフ・アル=ブハーリー(1901)、サヒーフ・ムスリム(760)。
[11] サヒーフ・アル=ブハーリー(3257)、サヒーフ・ムスリム(1152)。文章はアル=ブハーリーのもの。
[12] 訳者注:タウヒードとイーマーンの章「8.イーマーンとイーマーンの諸特質」の項参照。
[13] 訳者注:ラマダーン月の前の月。ヒジュラ暦8月のこと。
[14] 訳者注:ヒジュラ暦では1日は日没をもって始まります。つまりシャアバーン月30日目は29日目の日没から始まり、夜から朝、正午、午後、夕方と移り行き、最後に日没をもって終了します。もしその間新月が観測されなくても、日没があった時点でシャアバーン30日目は完遂したことになるので、自動的にラマダーン月初日となります。
[15] サヒーフ・アル=ブハーリー(1909)、サヒーフ・ムスリム(1081)。文章はアル=ブハーリーのもの。
[16] 訳者注:ラマダーン月の後の月。ヒジュラ暦10月のこと。
[17] 真正な伝承。スナン・アッ=ティルミズィー(3451)、サヒーフ・スナン・アッ=ティルミズィー(2745)、ムスナド・アフマド(1397)。アッ=スィルスィラト・アッ=サヒーハ(1816)参照。
[18] 訳者注:サーアはマディーナの計量単位の1つで、果実や種子・穀物類などに用いられます。1サーア(2752ml)は4ムッドに相当します。
[19] サヒーフ・アル=ブハーリー(1947)、サヒーフ・ムスリム(1118)。
[20] 訳者注:心身の清浄化を意図した全身の洗浄。
[21] 訳者注:性交や精液の発射後などの状態。
[22] 訳者注:預言者ムハンマド(彼にアッラーの祝福と平安あれ)の示した手法や道のこと。ムスリムは可能な限り、彼のスンナを踏襲するべきであるとされています。
[23] 訳者注:眼病を予防したりする目的で目の周りに付ける黒い粉のこと。硫化アンチモンを指します。
[24] 訳者注:頭髪や髭、手足や爪などの染料や薬品として用いられる植物の1種。
[25] 訳者注:サーアはマディーナの計量単位の1つで、果実や種子・穀物類などに用いられます。1サーア(2752ml)は4ムッドに相当します。
[26] サヒーフ・アル=ブハーリー(1936)、サヒーフ・ムスリム(1111)。文章はムスリムのもの。
[27] サヒーフ・アル=ブハーリー(1952)、サヒーフ・ムスリム(1147)。